吉村君もそうらしかったのですが私は今日が丁度倉さんが生前虐待し通しだったという細君の、怨みをのんで自殺したという同じ日の同じ場所であったばかりか、そこへ得体の知れぬ青大将が心中するように寄りそっていたということや車掌の見たという男女の人影のことと、あの血みどろの恐怖に眼の球が半分以上も飛出していたすさまじい形相の倉さんの生首とを思い合せて、しっとり濡れたシャツ[#「シャツ」は底本では「シマツ」]の肩のあたりが変にゾクゾクと鳥肌立って来るのでした。而《しか》もその晩はお通夜なのですがこの辺は宗旨の関係上が今でも土葬のしきたりだそうで身よりもないし結局同僚だけで簡単な不気味なお通夜をすまし人夫を頼んで細君の墓場のよこを掘ったのですが、たった一年しかたたないのにいくら掘っても細君の棺桶が見当らないというのです。ようやくそれらしいところを掘りあてて見ますと、ただ土掘《どほ》の中がぽかんと少しばかり空洞《うつろ》になっているばかりで、そこから地上に向って直径一寸ばかりの穴がひょろひょろと抜け通っているきりだったのです。私たちはしょぼしょぼと降りつづく霖雨《りんう》の中に無言のまま立ちすくんでしまいました。
底本:「怪奇探偵小説名作選7 蘭郁二郎集 魔像」ちくま文庫、筑摩書房
2003(平成5)年6月10日第1刷発行
初出:「新青年」博文館
1938(昭和13)年9月号
入力:門田裕志
校正:川山隆
2006年11月13日作成
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