るのでした。とその時私はいやあなものを見てしまったのです。その首のそばに四五尺もあるような青大将がずたずたに轢き切られているのです。ギクリとした途端に自分でも頭から血がスーッと引いて行ったのを憶《おぼ》えています。吉村君や他の工夫たちもすぐそれに気づいたのでしょう。わざと眼《め》を外《そ》らしているらしいのです――。一人の工夫がかさかさな唇をぱくぱくさせていましたが
『おッ、おッかあ、怨《うら》むなよ』
 と口走りました。急所をつかれたようにハッとして見合せた皆んなの顔は、どれもこれも紙のように白けてそこに転がっている倉さんの生首ソックリでした。
 ――私たちが詰所に帰ってやっと一と息入れていますと、ゆうべの終電車とけさの一番との運転手の話が伝わって来ました。それによるとけさの一番の運転手は自分が通った時はもうその死骸があった。たしかに死骸になっていた。それは二三間手前でわざわざ車を止めてレールから傍《かたわ》らにひっぱって下《おろ》したのだから間違いないというし、車掌もそれを証言するそうです。
 ところが終電車の運転手はたしかにそんなポンコツはなかったというのです。第一あそこは丁度森の切れた両側は一面の展《ひら》けた田圃《たんぼ》ですし、線路にそんな男がいたらきっと見つける筈だし、あんな頑丈な男だったら車のショックでもわかる筈だというばかりか、その終電車の車掌がこんなことをいい出しました。というのは最後部の乗務員室で背をもたれながらぼんやり飛去って行く窓の外を見ていますと丁度あのあたりで窓から洩れる車内燈《ルームライト》の光りの中に、フッと人影を見たというのです。それは立って歩いている人影で、而《しか》も、レールをはさんで右側を黒っぽい着物を着た男が、そして左側を、瘠形《やせがた》の女らしい人影があった――。その車掌もおやっと思っても一度たしかめようとしたのですが、何分《なにぶん》ヘッドライトもないし次の瞬間には車内燈《ルームライト》の光りの外に闇に消えてしまっていたというのですが、これを聞いた時、私たちさっきの青大将を見た連中は唇の色を失っていました。それにしても自殺などする筈もない倉さんが非番のしかも真夜中になぜあんな線路を歩いていたのか、一直線の見通しのきくところでなぜポンコツを食ったのか、そして田圃の真ン中のレールの上にどこから青大将が来て、轢かれたのか、
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