ようになるぜ」
肩を叩いた長田が、慰めるような眼で、木曾の顔を覗込んだ。木曾は、その眼から顔を外《そ》らすと、
「そんなことじゃない」
「そんなことじゃないって――、じゃあ何んだね、何んにもないじゃないか、そんなにスネるもんじゃないぜ、そんなに行きたけりゃ、所長の方へ申出て置けよ、俺は早速申出るつもりだ」
「ふむ……」
「君の分も、申込んで置こうか」
「いや、いいよ」
木曾は、はげしくかぶりを振ると、思い出したように歩き出した。
「――いいよ、自分のことは自分でする」
研究所の中庭の、杜鵑花《さつき》の咲いているコンクリートの池を廻って、すたすたと自分の室に帰って行った。親切にいってくれた長田には済まないようだけれど、木曾は、とても話をするのでさえおっくう[#「おっくう」に傍点]だった。早く独りになって、眼をつぶって見たかった。
実験室はガランとして部屋の者は誰もまだ帰っていなかった。いまの所長の発表に、所員たちはきっと其処此処に一かたまりずつになって、噂の花を咲かせているのであろう。おそらく今日一日は、誰も仕事が手につくまい――。木曾は、その誰もいない実験室を横眼で見ると、頬
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