く印刷によって広められています、しかしながらこの最後の通信方法は、まだ現在のところ存在を認められながら正体を掴まれていないのです、しかしいずれは掴まれると思います、例えば陰陽術師のように、あらゆるものを陰陽に喩《たと》えるならば、磁石の正負を男と女の群に見ることも出来るでしょう、そしてそれならばあの有名な電磁場の法則に従って、一人の男から空間を乗越えて彼女に感応する「恋の量」を計算し、小数点以下まで現わすことが出来る筈です、しかしながら実際にはこのビオ・サヴァールの法則が生物の意志の感応の上にそのまま適用出来ぬことはわかりきったことです、そしてはそれは取りも直さず、この法則につき纏っている「或る常数」の値を決定出来ぬからではないでしょうか、この「或る常数」の中に、僕たちのまだ知らない要素が密《ひそ》んでいるに相違ありません。
もしこれを僕が掴むことが出来たら!
石井さんはこの頃、何か非常に朗らかな様子です、真白いワンピースを着て、蝶々のように飛廻っています、しかし僕にはまだ「仙術を習得し得ない仙人」なのですから、その理由を感応することが出来ません……、尤もこれは、感応出来ない方がいいかも知れません、ほんとうにどんどん感得出来て、「スイッチの切れないラジオ」のように四六時中頭の中に他人の意志が響いて来ていたんでは、僕は気が狂ってしまうかも知れませんから。呵々《かか》。五月二十八日附――。
六
木曾礼二郎から石井みち子あて私信。
――過日はお手紙ありがとう、早速に返事を書くつもりだったのに、急に所員が減ってしまったことや何かで、多忙にまぎれてしまっていました。しかしこの前のお手紙で元気らしいので安心していたのもその一の原因です。きょう村尾君からも手紙をもらいました、村尾君もなかなかに元気の様子、ボルネオに比べれば内地の方が気候が悪いといったような気焔を上げていましたよ、皆んな揃って元気なのは何よりです、ことに石井さんは昨今非常に朗らかだということですね、そんなにいいことがあったら知らせて下さい。僕も出張ということでそっちへ行って見たいと思っていましたが、矢張り手不足などでどうやら急には行けそうもなくなりました、鬼が笑うかも知れませんが今年の末か、来年には皆さんの元気な、ボルネオ焼けの顔が見られると思います。内地の冬に、避寒がてら行ければ嬉しいと
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