の最上の形に変って発達して行くことだ。しかしそのために形が大きくなることもあり得るわけである。だから、自分たちが普通に見ている栗や柿も、あれが精一ぱいのものではなくて、気候とか養分の摂《と》り方に、もっと適応し逞《たくま》しく進化して行けば、此処で見るような巨大な実を結び、花を咲かすことが出来るのかも知れない。
「火星の植物にすっかり考えこんでしまったようですね、はっはは」
志賀健吉は、茶碗の茶を一呑みに空けると、いかにも愉しそうに笑った。そして
「いやあ、一寸お詫《わび》をしなけりゃならんですが、今までご覧に入れたのは、皆な火星の果実でもなんでもありません、この地上のものですよ」
「なんですって――?」
大村が、思わず聞きかえした。
「火星から、ひょっくり植物のタネが来るわけもないじゃありませんか、実はさっきお二人がさかんに火星の話をされていたようだったし、そのあとで私の作った作物に愕かれたようだったんで、ひょいとそんなことをいってしまったんです……」
「ははあ……」
「しかし、これらはたしかに普通のものじゃありませんし、あとでこれを市場に売出す時には火星の栗とか、火星の茄子とか、そう銘《めい》打っても一向差支えないと思いますね、――お蔭でいい商標を思いつきましたよ」
「すると、あれは皆な志賀さんが作られたんですか」
「そうですとも。あなた方は話に気をとられて、志賀農園入口という立札に気づかないで来てしまったんでしょう。さもなければ村の人達に気狂いとか、魔術師とかいわれて白眼で見られているこの農園に、悠々と這入《はい》って来られないでしょうからね」
「いや、僕たちはここに来たばかりで、そんなことは少しも聞いていませんでしたよ、しかし……」
(しかし、あんな巨大な柿や胡瓜や菊までが、果して作れるものだろうか……)
そう、口の縁《へり》まで出かかったのだけれど、現に自分達はそれを見て蒼くなるほど愕いたのに、今更疑うわけには行かなかった。
――なる程、彼は魔術師だ。
「しかし、出来る筈がない――といわれるつもりなんでしょう、私にもよくわかっていますよ、誰だって話だけなら信用しないに決っています。村の人達は実物を見ても、尚まやかし物を見せつけられたように頷《うなず》こうとはしないんですからね」
志賀健吉の眼には悲愁といったような色が流れた。傍らにいる彼の美しい妹も、ジッと黙っていた。
「信用しますとも、尠《すくな》くともぼくは、自分の眼とあなた方を信用しますよ」
大村は、思わず『あなた方』といってしまってから、すぐ
「その発明がどんな方法かは知りませんが、とにかく大発明です、農芸に大革命を起させる、食糧問題も一挙に解決させる大発明ですね――」
「そうですか、ほんとにそう思ってくれますか、しかもその方法たるやとても簡単なことなんです。これは肥料なんかとはそう関係ありません。高価《たか》い肥料もフンダンに使わなければならんような、それでいて草や木がその養分を吸い上げてくれるのを待っているような、そんな旧式な、そんな消極的な農芸じゃないんです。もっと茄子なら茄子、麦なら麦の体質を改造してかかる積極的な方法なんですよ」
喋べりながら、健吉の不精髭に埋《うず》もれた顔は、生々と輝いて来た。
一足飛び進化
「あなた方は、染色体というものをご存知ですか」
志賀健吉は、暁《あかつき》の袋から一本を抓《つま》み出すと、愉しそうに火を点けた。
「染色体――?」
「そうです染色体です、動物でも植物でもこれはすべて沢山の細胞から出来ています、そしてその中に顕微鏡で見られる染色体というものが幾つかはいっているんです」
「なるほど、それがどうかしたんですか」
「それですよ、この染色体という奴が問題なんです。これは犬でも菊でもその種類によって数が必ずきまっているんです。例えば百合《ゆり》が二十四で犬が二十、人間なら男が四十七で女は四十八というように……」
英二は、話の間にちらりと大村の顔を偸見《ぬすみみ》た。志賀健吉が突然妙な話をはじめたのが、どういう意味かサッパリ見当がつかなかったのだ。第一、染色体なんぞというものは見たこともないし聞いたこともない――。そんなことよりも何故あの見事に実った『火星の果物』のことをいわないのであろうか。
「退屈ですか……」
健吉も、ちらりと眼をやって英二の顔色を読み取ると
「でも、これだけはいって置かないと、これからの私の話が、まるで嘘っぱちのようになってしまうんです。村の人達もここまでいうと大抵逃げ出してしまうんですよ」
そういって、苦笑を洩らした。英二は、一寸顔をしかめていた。
「ところが、ここにとても面白いことがあるんですよ」
志賀健吉は、人の気持を誘うような眼をして、
「雑草のように野
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