ような化物の西瓜《すいか》や南瓜《かぼちゃ》、さては今にも破裂しそうな風船玉を思わせる茄子《なす》――そういった、とにかく常識を一と廻りも二た廻りも越えたような巨大な作物ばかりが、累々として二人の眼を脅かすのである。
 世にも奇怪な眺めであった。
 これが茄子なら茄子、柿なら柿と、ただ一つのものだけならば、それがいかに桁《けた》はずれの大きさであってもこうまでは愕かされはしなかった筈だ。寧《むし》ろ九州地方の茄子のように、あの白瓜ほどもある大きさを、面白く思ったに違いないのだ。
 だがこうして、あらゆるものが化物のように巨大に発育している姿を、まざまざと見せつけられるとなると、地球全体が二人だけを残して、いつの間にか膨《ふく》れあがってしまったような、取りとめのない不安に襲われて来るのである。
 いまにも象のような犬が飛出して来るのではないか、背後《うしろ》から大蛇のような蚯蚓《みみず》の奴が我々の隙をねらっているのではないか――そんな狂気|染《じみ》た気持にさえなって来る。
「昌作さん、引返そう、――帰ろうじゃないか」
 英二の声は、少し嗄《しゃが》れていた。
「うん――」
 二人はあわてて引返しはじめた。が、ものの一分とたたないうちに、さっきの柿の木のところで、真正面から進んで来る男にばったりと行合ってしまった。
(見たような男だ――)
 この男だけは、普通の大きさだった。何んとなくホッとすると同時に、そうだ、さっき後《あと》から歩いて来た男だ、と思いついた。
 狭い草の道で、真正面に向合ったその男は、不精髭のせいか年齢《とし》の見当もはっきりしない顔つきだったけれど、思いがけず人がよさそうに、にっこりと笑うと
「何かだいぶ愕かれた様子ですな、はっはっは」
「…………」
「はっははは、『火星の果実』はいかがですか、お気に召したら一つあがって見て下さい」
 そういって、さもあたりまえのように、自分の頭ほどもある柿の実を指差した。
「か、火星の果実――?」
「左様、進化した果実です」
「…………」
 まるで大村たちの胸の底を見ぬくように、平然として、火星の果実など、奇妙なことをいうこの男は、一体何物であろうか――。
 しかし大村は、呆然としながらも、火星と聞いて思わず耳を欹《そばだ》てた。
「とにかく私の家までいらっしゃいませんか、ゆっくりと火星の果実の話をしましょうや、如何《いかが》です?」
 その男は、落着いた、幅のある声であった。
「何処、でしょうか。あまり時間もないんですが――」
「いや、ついこの先きですよ、ほんの荒屋《あばらや》ですが」
「そうですね」
 大村は、一寸英二の顔を見かえして
「そうですか、じゃ一寸お邪魔しましょうか……」
 その男は、もう大村たち二人が、来るものと決めてしまっているように、先に立ってすたすたと歩き出していた。

     火星の魔術師

 そして、また例の化物畠のわきを通り抜け、その向うのこんもりと茂った常磐木《ときわぎ》の森の中の道を行くと、すぐ眼の前が展《ひら》けて、其処に、その森を自然の生垣にした一軒の藁葺《わらぶき》の農家が、ぽつんと建っていた。
 案内されるままについて行くと、その藁葺の農家は、なかはすっかり洋風に造りかえられてあって、椅子やテーブルが設《しつら》えてある。ちょっと地方の新しがり屋――といったような感じの部屋だった。尤もそれはほんの最初だけの感じであって、すぐそんな上滑《うわすべ》りの気持は棄てなければならなかったけれど……。
 志賀健吉と名乗るその男は、こうして見ていると、初め中年と思っていたのは間違いで段々若くなって来るように思われる。もしかすると大村と同じぐらいではないか、とすら思われて来た。
「早速ですが、さっきのお話の……」
 大村は、それだけいって、口を噤《つぐ》んでしまった。
 この、異様な火星の果実に取りかこまれた中の一軒家に思いもかけなかった少女が、しとやかにお茶を運んで来てくれたからである。――それは、さっきから妙なものばかり見つけていたせいか、水際だった美しさに、突然ぶつかった感じだった。
「いらっしゃいませ、どうぞごゆっくり」
「はあ、どうも……、突然|上《あが》りまして」
「いいえ、兄はいつも退屈しておりますから、きっと無理にお誘いしたのでございましょう。今日は、丁度菊も咲きましたし……」
「はあ――?」
 大村と英二が思わず顔を見合せてしまったのは、つい庭先の、遅咲きの向日葵《ひまわり》だとばかり思っていた大輪の花が、そういわれて見れば如何《いか》にも菊に違いないことだった。こんな巨大な花など見たこともなかった。
 これもまた、長い進化を重ねた『火星の花』であろうか――。
 けれど、進化とはただ形だけが大きくなることではない――その物
前へ 次へ
全6ページ中3ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
蘭 郁二郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング