》するぞ人にかはらぬ
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明治の御代をよろこび祝ひて。
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何事も面がはりする新世《あらたよ》に老いぬればこそ稀に遇ひけれ
四方の海浪の音《と》もなしわたつみの神も仕ふる君の御代かな
神南備《かみなび》の森の柏木《かしはぎ》かしこきが皆あらはれて守る御代かな
みたらしの流の清く世の中もかはらであれや禍事《まがごと》なしに
道ありて世をめぐみます天地にそむかずてこそ生かまほしけれ
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若き人人の、歌のことを問ひける折。
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歌は身のなぐさみにすな何事も事の眼前《まさか》の真ごころを詠め
事設《ことま》けて歌はつくらじ世の物の心にうつるままをこそ詠め
言の葉はつくらぬぞよき天地のすがたのままの歌はたふとし
大きなる歌の聖《ひじり》はいにしへも今も抂げぬをよしと誨へき
世の中の数《かず》には入らぬ言の葉も独ごつこそ楽しかりけれ
折ふしはうき世ごころの結ぼれを野山ながめて歌ひてぞ解く
人並のまねびも為得《しえ》ずしきしまの国の道にも惑ひもとほる
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うばらの花を見て。
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はしけやしうるはしき花の色と香に刺《い》のある木とは思はれぬかな
刺《い》はあれどうるはしく咲く花うばら我は色なく老いてしぼむを
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青き豌豆を煮もし飯《いひ》にもまじへて食ふを好めば。
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蚕豆《そらまめ》とおなじ折しも花さきて蔓に実《み》をもつ豆の味はも
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画讃。
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やさしくもあやめ卯の花さし添へし箙《えびら》背負ひて弓引くや誰
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称名。
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朝起きて南無と称《とな》ふるこころよさ未《ま》だものいはぬ口の初言《うひごと》
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梅花三首。
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川岸の葦のわか葉に梅ちればあたりの草も香に匂ふかな
夜《よる》は香のまさるおもへば人恋ふる心に似たる梅の初花
梅かをる窓のひさしに月させばやすらはでこそ起き明しつれ
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大隅国の加治木にありて。
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磯ちかく旅寝をすれば夜もすがら網引《あびき》やすらし※[#「楫+戈」、第3水準1−86−21]《かぢ》の音《と》ぞする
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衣。
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よき衣《ころも》伏籠《ふせご》にかけてそらだきの香を染《し》めてこそ著まくほしけれ
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しばしば処をかへて家居も定らねば。
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世にからく汐路ただよふ水母《くらげ》にもわれよく似たり住処《すみか》なければ
蚕《こ》の繭《まゆ》の二《ふた》ごもりにもわれ似たり人の家のみ宿とすまへば
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古事記を講じける時。
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千速ぶる神も荒《あら》びの罪しあれば千座戸《ちくらど》課《おは》せ神やらひせし
世は斯くぞ宇多の宇迦斯《うかし》に兄弟《えおと》あれど兄《え》は帰服《まつろ》はず弟《おと》ぞ仕へし
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年頃みをしヘかかふりし西賀茂神光院なる月心大阿闍梨の入寂し給ひしを悲みて。
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かりそめの雲がくれとも知らざれば隠れし月の惜まるるかな
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おなじ寺の茶所に世を避けて住みし大田垣蓮月尼は、念仏風雅の友として昔より魂合へるなからひなりしが、明治八年十一月ばかりに八十六歳にて身まかりにけり。
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しら蓮の月てふ君に別るればわが心さへなきここちする
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世を歎くことありて。
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人ごころ嗔りへつらひ物事をかすめ偸《ぬす》むぞ世の常のさま
流れての末こそ濁れおのづから澄めるは水の心なれども
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涅槃会に。
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われは我が身の行く方も知らなくに西へ入るさの月ぞみちびく
西へしも隠《こも》れば無しと歎くかなその二月《きさらぎ》の望《もち》の夜の月
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越前国にまかりける夏、井出曙覽の家の会にて。
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夕立のなごり涼しき川の洲の闇に下《お》りゐて月を待つかな
涼しくもてる夜の月のかげ見れば衣《ころも》しめりて秋ちかづきぬ
世の上のさがなきことを外《よそ》にして杜鵑のみ聞くには如かじ
あやめ草はなたち花もほのぼのと匂ふ折よく啼くほととぎす
露おびて咲けるさ百合の涼しさに垣根見めぐる夏の朝かな
背にあまる麦生の中《なか》を垂髫児等《はなりら》が蛍おひゆく夏の夕ぐれ
水層《みかさ》まし巌浪たかし五月雨《さみだれ》のふる川柳根を洗ふまで
草にさす雨夜《あまよ》の月の薄明《うすあか》り蛍と見るは露にかあるらん
草の露ひるま涼しくきこゆなり風吹く窓のしづ機のおと
萱《かや》びさし間なくしづくの打つ音に涼しくなりぬ夏の夜の雨
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嘉永元年、父のみまかりける時。
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身を分けて幾世めぐみし父なれや別れの骨にしみて悲しき
親となり子と生れしはみ仏の国にみちびくめぐみなりけん
父母の外《ほか》にわが身はなかりけり肉食《ししむらは》みて人となれれば
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おなじき六年、相州浦賀に異国のいくさ船わたりきて、世の中さわがしかりし折。
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聞きなれぬ国なればこそ駭けどその亜米利堅もおなじ日のもと
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若くて大和に遊びし折。
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和津《わつ》が野《の》に馬のりすてて青丹よし奈良路を近み徒歩《かち》ゆわれきぬ
ふるさとに芽ぐむ柳も浄御原《きよみはら》きよき昔の鞠場《まりば》なるらん
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夢三首。
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夢に見るその海山と見る我と一つとやせんあらずとやせん
有るは無く無きは見えつつ左右《かにかく》に面白きものは夢にぞありける
現《うつつ》とは何をか言はんおしなべて寝なくに人の夢は見るものを
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薩摩大隅をわたりありきて、煩はしき事ありし頃。
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笑めば笑む怒れば影も怒るなりうつる鏡に似たる世の中
骨あれば世にも逆《さか》ふを海にすむ水母《くらげ》しもこそうらやましけれ
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案山子。
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冬辺《ふゆべ》より春も笠きて立ちつくす山田の曽富騰《そほづ》花を守れかし
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春風三首。
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伏見山梅さく頃は加茂川の流れかをりて風吹きのぼる
打むれて蝶のしたふや梅が香を吹きゆく風の流れなるらん
心なく花ふきちらす風もあり小簾《をす》になごりを留むるもあり
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若き頃、洛東黒谷に借りずまひして。
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膝を容るる畳は五つ穴窓《あなまど》はふたつある庵に鶯を聞く
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そぞろありきして。
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墨染もよぼろも洲にはすずめどもたのむはおなじ加茂の河風
加茂堤《かもづつみ》川ふきのぼる風もよし松をわたらふ月夜もよろし
麻ごろもしめるも涼し夕立の風のなごりや濡れて吹くらん
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高野川に近く住みける夏。
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夏草は刈りはらはねば葺かずとも菖蒲《あやめ》よもぎに埋《うづも》るる庵
家は荒れておほしたてねど竹垣の朽目《くちめ》より咲くなでしこの花
夏草にかくれて住めばいにしへの木の丸殿も思ひこそやれ
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蓮を植ゑて。
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山寺にうつしうゑたる白蓮《しらはす》は来ん世も清くにほひもぞする
やり水に蓮《はちす》の花のかをる夜は枕ただよひ寝られざるかな
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折にふれて、おのれを戒め、かつは人人にも示しける、くさぐさの歌。
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をりをりは驚かぬ身をせむるかな親はらからも過ぎし世を見て
なれる身もなせる心も知られねばおのが僻目《ひがめ》を真《ま》と思ふらん
月と日はたえせず照す世の中を闇と見るこそ悲しかりけれ
心より影をまことと僻《ひが》み見て迷ひの路はひらけ初めけん
我と言ふ名に迷ひ出でて麻糸《あさいと》の有無《うむ》にはなれぬ身こそつらけれ
無き世をばありと僻むはおもかげぞ風の吹きしくしら露を見よ
一人だにとどまるは無き世に住みて老いゆく命などか歎かぬ
喚びたまふ仏の船をたのまずば浮世の浪にくつがへらまし
引くいきも又つきかへす人の世に身にたもつべき我物は無し
うつそ身を魂のはなるる時やいつ離れて行くを何処《いづこ》とか知る
かばねこそ荒野の露に曝《さら》してめ霊《たま》の行方を知らでやはあらぬ
悟り見よ何に心をくるしめん己《おの》れある身と思はずもがな
仏あり法《のり》ありと説く夢さめて空《くう》にかへるぞ真《まこと》なりける
長き夜の眠といへど覚めぬればしばしの夢の間《ま》にこそありけれ
魘《おそ》はれて苦しかりしも覚めぬればかさねて夢を見ぬ世うれしも
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人の、如何に心を修めなばよろしき、と問ひければ。
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楽しきも憂きもつらきも世の中は心一つの置きどころから
道知れる人の心をこころにてわれはがほせぬ人ぞ貴人《うまびと》
鈍人《おぞびと》もさかしらせねば貴人《うまびと》ぞ貴人《うまびと》さびようたて僻《ひが》むな
身のままの本性《うぶ》に逆《さか》はぬ事とわざ行ひゆかばつつみ無からん
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或る時。
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おもしろのこの木のふりや曲《まが》るにもほどのよければ人の咎めず
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西山にまかりて。
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行末もむかしも聞かんその名さへ慕はまほしき千代の古道《ふるみち》
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明治二十七年の冬、人の乞ふままに。
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秋津島やまとの民は外国《とつくに》と戦へば勝つ神随《かみがら》ならし
雪ふかき荒野の上に御軍《みいくさ》の臥すと思へば我も寒けし
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おなじ年、わが子大圓の征清軍隊慰問使として真言宗より遣され行くに。
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もろこしへ心たぐへて親も行く一人の旅とゆめな思ひそ
国のため軍《いくさ》に向へ父母にこころなおきそ道をつとめて
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次の年の夏、韓国にあるわが子寛の重き病|煩《
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