こちこそすれ

独ゐて物を思へば隙間《すきま》洩るこゑなき風も泣くかとぞ思ふ

うとまれて春に知られぬ老が身は花の都のかたはしに置く

わが身世におもかげばかり陽炎《かげろふ》のあるかなきかに消え残りつつ

われながら心の関にとざされて越えやすき世を滞《とどこほ》るかな

世にわびて人かずならぬ老が身は亡き後《あと》さへもあはれとぞ思ふ

物おもふ涙の袖をありあけの月に干せどもかわかざりけり

あはれとは子だにも思へ老い朽ちし親は何をか我とたのまん

享けがたき人に生れていたづらに果てん我身のなげかしきかな

七十路に老いくづをれて妻子にも放たれんとは思ひがけきや

近からばひとり苦む老を見て捨ててはおかじ人ならば子も

国遠く住むとも老がおもかげは子等が夢にも見えけんものを

世にわびて心の細るをりふしは松吹く風も涙さそひぬ

繁糸《しげいと》の苦しきものは世なりけりとあれば斯かりあふさきるさに

刈りし後《のち》穂には出でても実《みの》らねば人の手ふれぬひつぢ穂やわれ

老が身は人わらへなる腰折れの歌よまんより黙《もだ》もあらぬか

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梅花二
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