こそさもあらばあれ墨染の色をうき世の水に洗ふな
世世|経《ふ》とも法に仕へん身にしあれば有漏路《うろぢ》の塵に心染めざれ
譲るべき道は人にと慎みてわれ知り顔にこころ誇るな
時まなくまめに仕へよみ仏に奉りたる身にこそありけれ
身を蔽へあたはるままの衣《ころも》きて我にふさはぬ奢《おごり》このむな
食《くら》ふ間のあぢはひのみか食物《をしもの》は生きなんためか心して食へ
むさぼりはなにより起る大空に心を放ち求めてを見よ
この心この身を生めり世のかぎり我を知れらば何か歎かん
世に安き人を外目《よそめ》に羨むな我をも人のかくこそは見め
世の中に命まかせて天地を家とすむこそ心やすけれ
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維新前後二十とせばかり、御国のために甲斐なき身も聊か報いまつらんと思ひ立ちて、薩藩を初め諸藩の間に立ちまじり、心を砕くこと多かりしかば、家を思ふに暇なくて、わが岡崎の寺は屋根より雨漏り、畳皆がら朽ちはてて、白く黴びたる床板の落ちたる裂目よりは竹萱草などさへ生ひ出てぬ。もとより檀徒といふものふつと無き寺なり。一とせ旅より帰りきて、この荒れたる中に家守る妻子
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