奥なれば知らでや夏のおとづれもせぬ

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おなじ頃、蓮の咲きければ。
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山寺の杉間すずしくかをるかな花さき出でつやり水の蓮

よそに見て蓮《はちす》の音をちらさめや来ん世にかをるわが魂にせん

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落葉二首。
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桑やなぎ風に黄ばみて散る頃は日影もかなし野辺の夕ぐれ

こもりたる樋守《ひもり》が家の川柳ちればあらはに月のさし入る

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寒月。
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枯れすすき霜にきらめく影更けて荒き裾野に月白く照る

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高野川のほとりに住みける春。
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月よめば春は遠けどあらたまの年立つ日には山の霞める

柳のみ春しりがほに青むかなこぼれし壁をわび人は守《も》る

降るままに柳をつたふ春雨のしづくの珠を蜘蛛《ささがに》の貫《ぬ》く

たらちねの少女子すゑて守るばかりわが守る花を折りゆくや誰

高野川わがむすぶ手もかをるなり花のしづくや水に散るらん

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おなじ頃、或夜門さしたる後、友の来て叩かで帰りぬと聞きて。
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帰りけん霞の閉づる柴の戸はなど叩かぬやうぐひすの友

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物おもふ頃。
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苔の上にひとり咲き散る花なれば惜む人なし見る人もなし

老いぬとて捨てんものかは古川の朽柳にも芽は萌えにけり

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桜四首。
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楯倉や御祖《みおや》の宮の河合に咲きおどろかす一もとの花

靱《ゆき》負ひて太刀を佩きたる物部《もののふ》のよそほひしたる山ざくら花

朝のかぜ吹けば野寺の茅葺《かやぶき》に雪のはだれと散るさくらかな

亡き世にも苔の下《した》にて花を見んさくらばかりに心のこれば

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宇田淵と詩仙堂に遊びて。
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かきこもる木陰かすかにともす火のうつるも涼し山のやり水

山かげの滝の音《と》きよし蜩
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