世の中

骨あれば世にも逆《さか》ふを海にすむ水母《くらげ》しもこそうらやましけれ

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案山子。
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冬辺《ふゆべ》より春も笠きて立ちつくす山田の曽富騰《そほづ》花を守れかし

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春風三首。
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伏見山梅さく頃は加茂川の流れかをりて風吹きのぼる

打むれて蝶のしたふや梅が香を吹きゆく風の流れなるらん

心なく花ふきちらす風もあり小簾《をす》になごりを留むるもあり

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若き頃、洛東黒谷に借りずまひして。
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膝を容るる畳は五つ穴窓《あなまど》はふたつある庵に鶯を聞く

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そぞろありきして。
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墨染もよぼろも洲にはすずめどもたのむはおなじ加茂の河風

加茂堤《かもづつみ》川ふきのぼる風もよし松をわたらふ月夜もよろし

麻ごろもしめるも涼し夕立の風のなごりや濡れて吹くらん

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高野川に近く住みける夏。
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夏草は刈りはらはねば葺かずとも菖蒲《あやめ》よもぎに埋《うづも》るる庵

家は荒れておほしたてねど竹垣の朽目《くちめ》より咲くなでしこの花

夏草にかくれて住めばいにしへの木の丸殿も思ひこそやれ

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蓮を植ゑて。
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山寺にうつしうゑたる白蓮《しらはす》は来ん世も清くにほひもぞする

やり水に蓮《はちす》の花のかをる夜は枕ただよひ寝られざるかな

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折にふれて、おのれを戒め、かつは人人にも示しける、くさぐさの歌。
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をりをりは驚かぬ身をせむるかな親はらからも過ぎし世を見て

なれる身もなせる心も知られねばおのが僻目《ひがめ》を真《ま》と思ふらん

月と日はたえせず照す世の中を闇と見るこそ悲しかりけれ

心より影をまことと僻《ひが》み見て迷ひの路はひらけ初めけん

我と言ふ名に迷ひ出でて麻糸《あさいと》の有無《うむ》にはなれぬ身こそつらけれ


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