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越前国にまかりける夏、井出曙覽の家の会にて。
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夕立のなごり涼しき川の洲の闇に下《お》りゐて月を待つかな

涼しくもてる夜の月のかげ見れば衣《ころも》しめりて秋ちかづきぬ

世の上のさがなきことを外《よそ》にして杜鵑のみ聞くには如かじ

あやめ草はなたち花もほのぼのと匂ふ折よく啼くほととぎす

露おびて咲けるさ百合の涼しさに垣根見めぐる夏の朝かな

背にあまる麦生の中《なか》を垂髫児等《はなりら》が蛍おひゆく夏の夕ぐれ

水層《みかさ》まし巌浪たかし五月雨《さみだれ》のふる川柳根を洗ふまで

草にさす雨夜《あまよ》の月の薄明《うすあか》り蛍と見るは露にかあるらん

草の露ひるま涼しくきこゆなり風吹く窓のしづ機のおと

萱《かや》びさし間なくしづくの打つ音に涼しくなりぬ夏の夜の雨

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嘉永元年、父のみまかりける時。
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身を分けて幾世めぐみし父なれや別れの骨にしみて悲しき

親となり子と生れしはみ仏の国にみちびくめぐみなりけん

父母の外《ほか》にわが身はなかりけり肉食《ししむらは》みて人となれれば

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おなじき六年、相州浦賀に異国のいくさ船わたりきて、世の中さわがしかりし折。
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聞きなれぬ国なればこそ駭けどその亜米利堅もおなじ日のもと

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若くて大和に遊びし折。
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和津《わつ》が野《の》に馬のりすてて青丹よし奈良路を近み徒歩《かち》ゆわれきぬ

ふるさとに芽ぐむ柳も浄御原《きよみはら》きよき昔の鞠場《まりば》なるらん

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夢三首。
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夢に見るその海山と見る我と一つとやせんあらずとやせん

有るは無く無きは見えつつ左右《かにかく》に面白きものは夢にぞありける

現《うつつ》とは何をか言はんおしなべて寝なくに人の夢は見るものを

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薩摩大隅をわたりありきて、煩はしき事ありし頃。
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笑めば笑む怒れば影も怒るなりうつる鏡に似たる
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