木葉ちる桂の寺に宿とればわれもと帰る夕がらすかな

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耳とほくなりし頃。
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きこえねば楽しげもなし老いぬれば鶯にすら耳|疎《うと》くなる

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雪三首。
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朝晴れし雪のけしきは長閑にて松の日影にしづくこぼるる

朝日さす枝はしづくになりにけり積れどあたら松の上の雪

朝ぼらけみ山おろしの吹くすゑに一むら曇る松の雪かな

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冬月。
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さ夜千鳥なく声さゆる加茂川の白洲《しらす》の霜は月にぞありける

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一乗寺の里に住みける冬。
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焚かん木は風に折らせて山かげの冬ごもりこそ事なかりけれ

しぐれてはわが山の井ぞ濁りけるやがて夕食《ゆふけ》に汲まんと思ふを

山窓の夕日は消えて比叡おろし風先《かざさき》しろくふる時雨かな

こもりたる楢の葉柏《はがしは》ちりはてて時雨のみこそ猶たたきけれ

釜処《かまど》には煙たてかねわびぬれば火桶一つに過《すぐ》す冬かも

月かげはかつ晴れたれど大空の風に残りて降る時雨かな

冬ふけし稲城の竹も笛吹きて鳴る音《おと》さむし夜あらしの風

おきわたす霜と有明の月かげとかたみに白きわが庵の前

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折にふれて、父母を懐ひて詠める。
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聞きおきし親の諌めと花の香は老いて身にこそしみまさりけれ

貧しきも老の憂目《うきめ》もふた親にわがつらかりし報《むくい》なるらん

いくたびも惑ひを悔いてわび申すわが罪ゆるせ冥路《よみ》の父母

父母の世にあるほどにかもかくも今おもふごと思はましかば

子のこころ親のをしへになびかぬは己が背きし報《むくい》なるらん

おなじ世に二たび遇はぬ父母に何しか我は疎《うと》くつかへし

いつはとは月日もわかず手向せんおほしたてたる父母のため

身に添ひて父はいませりはぐくみて母いませりと思ひ事《つか》へん

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失題。
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あはれなり角ある牛も若草の妻恋《つまごひ》するぞ人にかはらぬ

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明治の御代をよろこび祝ひて。
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何事も面がはりする新世《あらたよ》に老いぬればこそ稀に遇ひけれ

四方の海浪の音《と》もなしわたつみの神も仕ふる君の御代かな

神南備《かみなび》の森の柏木《かしはぎ》かしこきが皆あらはれて守る御代かな

みたらしの流の清く世の中もかはらであれや禍事《まがごと》なしに

道ありて世をめぐみます天地にそむかずてこそ生かまほしけれ

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若き人人の、歌のことを問ひける折。
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歌は身のなぐさみにすな何事も事の眼前《まさか》の真ごころを詠め

事設《ことま》けて歌はつくらじ世の物の心にうつるままをこそ詠め

言の葉はつくらぬぞよき天地のすがたのままの歌はたふとし

大きなる歌の聖《ひじり》はいにしへも今も抂げぬをよしと誨へき

世の中の数《かず》には入らぬ言の葉も独ごつこそ楽しかりけれ

折ふしはうき世ごころの結ぼれを野山ながめて歌ひてぞ解く

人並のまねびも為得《しえ》ずしきしまの国の道にも惑ひもとほる

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うばらの花を見て。
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はしけやしうるはしき花の色と香に刺《い》のある木とは思はれぬかな

刺《い》はあれどうるはしく咲く花うばら我は色なく老いてしぼむを

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青き豌豆を煮もし飯《いひ》にもまじへて食ふを好めば。
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蚕豆《そらまめ》とおなじ折しも花さきて蔓に実《み》をもつ豆の味はも

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画讃。
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やさしくもあやめ卯の花さし添へし箙《えびら》背負ひて弓引くや誰

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称名。
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朝起きて南無と称《とな》ふるこころよさ未《ま》だものいはぬ口の初言《うひごと》

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梅花三首。
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川岸の葦のわか葉に梅ちればあたりの草も香に匂ふかな

夜《よる》は香のまさるおもへば人恋ふる心に似たる梅の初花

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