ふ故《せゐ》もあつたが、和上は学者で貧乏を苦にせぬ豪邁《がうまい》な性質《たち》、奥方は町家の秘蔵娘《ひざうむすめ》で暇《ひま》が有つたら三味線を出して快活《はれやか》に大津絵《おほつゑ》でも弾かう、小児《こども》を着飾《きかざ》らせて一人々々《ひとり/\》乳母を附けて芝居を見せようと云ふ豪奢《がうしや》な性質《たち》、和上が何かに附けて奥方の町人|気質《かたぎ》を賎むのを親思《おやおも》ひの奥方は、じつと[#「じつと」に傍点]辛抱して実家《さと》へ帰らうともせず、気作《きさく》な心から軽口《かるくち》などを云つて紛《まぎ》らして居る内に、三人目の男の児を生んだ。
此度《このたび》の難産の後《あと》、奥方は身体《からだ》がげつそり弱《よわ》つて、耳も少し遠く成り、気性までが一変して陰気に成つた。和上の傷《きづ》は二月《ふたつき》で癒えたが、其の傷痕《きづあと》を一目見て鎌首《かまくび》を上げた蛇《へび》の様だと身を慄《ふる》はせたのは、青褪《あをざ》めた顔色《かほいろ》の奥方ばかりでは無かつた。其頃|在所《ざいしよ》の子守唄《こもりうた》に斯う云ふのが流行《はや》つた。
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