。
と話題を転じてしまつた。おれと此女との間に用ひる新消息《エコオ・ヌウボウ》と云ふ語《ことば》は芸術と芸術家に関する新しい珍聞を意味して居るのである。おれは手を洗つて、もう服を着かへてしまつて居た。女は何か思ひ出したらしく莞爾《につこり》しながら、おれと並んで長椅子へ腰を掛けて、
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――ダンヌンチヨが先《さき》の週に或|珈琲店《キヤツフエ》で或女優に言つた話があるの。女優は若い女で小説家に惚れて居るんです。夜食《スウペ》の卓に胡桃が出ると、伊太利の大小説家は女に向いて云ひました、「恋は胡桃だよ、壊さなくちや味が解らない、さうでせう」つて。
――ダンヌンチヨはこれまで沢山の胡桃を壊《こは》したんだらう。
――えヽ、えヽ、巴里でも沢山。………わたしはあの人の飼つて居る廿七匹の猟犬が競売に出たら、その中の一匹それはそれは買ひたくてならない 〔LE'VRIER〕 がありますの。
――大小説家が競売をするかしら。
――仏蘭西の今の文学者にダンヌンチヨのやうな奢侈家は居ません。ダンヌンチヨは作物と奢侈と借金とで名高くなつた文学者ですわ。借金で伊太利に居られなくなつた人は巴
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