ベデカアを取り出して読んでランス市を仏蘭西の奈良だと思つた。
[#ここで字下げ終わり]
 ランスへ着いたのは九時であつた。女は保護するやうにして老婦人の後について改札口を出た。切符《ビレ》を女が持つて居るので、おれは改札口の処で待ち合せて素早く女の手から受取つた。かう云ふ軽捷な愛に件ふ機才がまたおれに必要になつて来たのが不思議だ。おれは二十歳前後のおれと四十面下げたおれとの二重人格を備へて居ることに自分ながら驚かざるを得なかつた。女は馬車を呼んで老婦人を乗らせて見送つたあとで、また一台の馬車を呼んでおれと一所に乗つた。
[#ここから1字下げ]
――あのお婆さんは親戚《みうち》の公爵夫人《コンテツス》[#ルビの「コンテツス」は底本では「コンツテス」]。今日ここの市長の嫁になつて居る娘を訪ねに来たのです。今日の汽車は間が悪くつてお気の毒でしたわね。
[#ここで字下げ終わり]
 女は馬車の上で斯う云つて戦《わなな》くやうに身をすり寄せた。北部仏蘭西の街の十月の夜の辻風は可なりに寒い。二人の気息が白くまじり合つた。
 ロオヤル・ホテルの夜食には名物の蝸牛《エスカルゴオ》が出た。[#「出た。」は
前へ 次へ
全14ページ中11ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
与謝野 寛 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング