底本では「出た」]葡萄酒のうまいことは云ふまでもない。おれは寝る前に湯に入《はい》つた。日本の旅の習慣を話して女にも湯に入らせた。
――あなた、わたしがランスへ来た用向を話しませうか。
女は部屋へ帰つて壁の暖炉の真赤に燃える前でブロンドの髪を解きながら斯う云つた。
――気まぐれに散歩に来たのぢやないの。
――それはあなたとわたしとの用向ですわ。別にわたしだけの用向があるのよ。
――解らないね、云つて御覧。
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――わたし子供に逢ひに来ましたの。男の子。去年の四月に生んだのですよ。里親《ヌウリツス》は此街に住んで居ます。この荷物《パツケ》を解《ほど》きませう、みんな坊《モン・プツテイ》に持つて来たんですよ。十七ヶ月も見ないんですもの、どんなに可愛くなつて居ますでせう。物もよく云ふでせうねえ。
[#ここで字下げ終わり]
女はこれまで素振にも見せなかつた物やさしい母親|気質《かたぎ》の情緒《サンテイマン》で話しながら荷物の緒を解いた。ボン・マルセの店の商標の附いた幾つかの紙函から取り出して卓の上や寝台の上へ並べたのは、陶製の喇叭《アンブシユウル》、太鼓、白い北
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