失楽
與謝野寛

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)わが上《うへ》に

|:ルビの付いていない漢字とルビの付く漢字の境の記号
(例)其|鬱幽《うついう》を
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わが上《うへ》に一切の事物を示す「失楽《しつらく》」よ、
過ぎゆく日の最後なる今日《けふ》の「失楽」よ、
わが身の上の「失楽」よ、我《われ》は汝《なんぢ》に叫ぶ、
「全く空《むな》し」と。
我は幽欝《ゆうゝつ》なる汝の栖所《すみか》に圧込《おしこ》められ、
我は其処《そこ》に、粛索《せうさく》と飢渇《きかつ》との苦を続く。
何物も好《よ》からず、何物も最後まで期待せし所に値せず。
かくて、我は、今、汝の抱緊《だきしめ》の下《もと》に死なんとす、
悔《くい》も無く、望《のぞみ》も無く、怖《おそ》るる所も無く。

無し、無し、一の叫びも無し、一《いつ》の戦慄も無し。
最後の頼みとせしわが「愛」さへ喘《あへ》げる負傷者《ておひ》なり。
他《た》の、最後のわが神は青白き其額《そのひたひ》を包む、
そは「夜《よる》」なり、陰森《いんしん》として眠《ねむり》を誘ふ「夜《よ》」なり。
かくて、我は夢に落ちゆく。
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