子が良人《をつと》の広い机の端に、妊婦の常《つね》として二階の上下《あがりおり》に目暈《めまひ》がする其《その》額を俯伏《うつぶ》して言つた。
[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
『然《さ》うだらう、家賃ばかりでも従来《これまで》の四倍から費《かゝ》るのだからな。』
『もう、お小遣も無く成つたので御座います。』
『愈々《いよ/\》初めの決心通り背水の陣だね。』
『従来《これまで》も片時呑気な間《ま》も無かつたのですけれど、まだ大崎でなら永い間土地の人に馴染《なじみ》が有りましたから大抵の買物は借りて置けましたが此処《こゝ》は何から何迄現金ですもの。』
『心配しなさんな。明日《あした》から己《おれ》が書き出す。此処《こゝ》へ来てから大分に気分も佳《い》いのだから。月末《げつまつ》には何《ど》うにか成るさ。』
『貴方《あなた》に然《さ》う苦労をおさせ申し度く無い。[#「。」は底本では脱落]私がもつと働けるなら働きたいのですけれど、何分此の身体《からだ》ですもの、来月産を済《すま》して仕舞《しま》はねば本屋廻りも出来ませんし、其《それ》に目暈《めまひ》がね、筆を持つと大変にしますの
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