。』
『お前に此上《このうへ》心配や労働をさせて成るものか、其れは己《おれ》から云ふ事だ。己《おれ》は此の八九年間雑誌の為にすつかり囚《とら》へられて居たが、雑誌が無く成つて見りや暇が出来たのだから、是《これ》からは来客を断つても書く積《つもり》だ。此処《こゝ》へ来てからの生活向《くらしむき》は己《おれ》の責任にして置いて呉れ。』
[#ここで字下げ終わり]
良人《をつと》は斯う確乎《きつぱり》と云ふけれど、世間の人々は良人《をつと》を誤解して何の縁故も無い人迄が毛嫌ひして居る。良人《をつと》の書くと云ふ小説の原稿を何処《どこ》の雑誌社で買つて呉れると云ふ当《あて》は全く無い。其れを知らぬ程の良人《をつと》では無いが、持前《もちまへ》の負嫌《まけぎら》ひな気象と妻を労《いたは》る心とから斯う確乎《きつぱり》した事を云ふのであると美奈子は思つて居る。
[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
『貴方《あなた》は未《ま》だ雑誌の方の払ひも残つてますから、あの方の御《ご》心配もお有り成さるのね。』
『うむ、急に遣らなくても可《い》いさ。月賦にでもすれば。』
『会員の方が会費を寄越《よこ》し
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