占めたと云ふ事が新聞に出た相だが、お前は読ま無かつたか。』
『読売の「はなしのたね」に出て居ましたよ。』
『然《さ》うか。其れで此の人達が来られたんだがね。』
[#ここで字下げ終わり]
保雄は相変らず自分に対する新聞雑誌記者の無責任な悪戯《いたづら》は己《や》まないのだなと思つた。茶の間の前桐の箪笥の前に立つた山田は、
『立派な箪笥だ。』
と云つた。最初美奈子が里から持つて来た幾棹かの箪笥を、八年前に競売せられてから去年の春迄一本の箪笥も無かつたのであるが、美奈子の妹が不自由だらうと云ふので、箪笥の代《しろ》にせよと五十円の金子《かね》を送つて呉れた。最初の金子《かね》は雑誌の費用に遣《つか》つて仕舞《しま》つたので、其れと感|附《づ》いた妹は又一年程の後《のち》に二度目の五十円を送つて呉れたが、美奈子は其の金子《かね》をも大部分|生活《くらし》の方に遣い込んで妹が上京して来た時余り体裁《きまり》が悪いので、言訳《いひわけ》計《ばか》りに古道具屋を探して廉物《やすもの》を買つて来たのが此の箪笥であつた。執達吏は抽出《ひきだし》に手を掛けたが明《あ》か無いので、
『鍵がありますか。』

前へ 次へ
全18ページ中13ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
与謝野 寛 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング