占めたと云ふ事が新聞に出た相だが、お前は読ま無かつたか。』
『読売の「はなしのたね」に出て居ましたよ。』
『然《さ》うか。其れで此の人達が来られたんだがね。』
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保雄は相変らず自分に対する新聞雑誌記者の無責任な悪戯《いたづら》は己《や》まないのだなと思つた。茶の間の前桐の箪笥の前に立つた山田は、
『立派な箪笥だ。』
と云つた。最初美奈子が里から持つて来た幾棹かの箪笥を、八年前に競売せられてから去年の春迄一本の箪笥も無かつたのであるが、美奈子の妹が不自由だらうと云ふので、箪笥の代《しろ》にせよと五十円の金子《かね》を送つて呉れた。最初の金子《かね》は雑誌の費用に遣《つか》つて仕舞《しま》つたので、其れと感|附《づ》いた妹は又一年程の後《のち》に二度目の五十円を送つて呉れたが、美奈子は其の金子《かね》をも大部分|生活《くらし》の方に遣い込んで妹が上京して来た時余り体裁《きまり》が悪いので、言訳《いひわけ》計《ばか》りに古道具屋を探して廉物《やすもの》を買つて来たのが此の箪笥であつた。執達吏は抽出《ひきだし》に手を掛けたが明《あ》か無いので、
『鍵がありますか。』
と保雄を顧みた。
『ここに。』
と言つて美奈子は帯の間から鍵を出して良人《をつと》に手渡した。其れが如何にも苦しく怨《うら》めし相な目附であつた。

    (四)

箪笥の上の抽出《ひきだし》からは保雄の褻《け》にも晴《はれ》にも一着しか無い脊広が引出された。去年の暮、保雄が郷里の講習会に聘《へい》せられて行つた時、十二年|振《ぶり》に初めて新調したものだ。其の洋服代も美奈子が某《ばう》新聞社へ売つた小説の稿料の中から支払つたので妻が夜《よ》の目も眠らずに働いた労力の報酬の片端である。又一枚しか無い保雄の大島の羽織が抓《つま》み出された。是《これ》は亡くなつた美奈子の父の遺品《かたみ》だ。保雄も美奈子も八九年間に一枚の着物すら新調した事は無いのである。保雄が執達吏の目録を覗《のぞ》いて見ると、
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一、大島紬羽織一点見積代金参円
一、霜降セル地脊広一着見積代金二円
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と書かれた。縁《えん》の方へ廻つて八歳《やつつ》に成る兄と六歳《むつつ》に成る弟とが障子の破れから覗《のぞ》いて居る。
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