ニコライ教授は、急行列車の前に立つ人間に譬へた。即ち社会といふ大組織の前によし一個人が頑張つて見ても、急行列車の突進して来る軌道上に犬が吠えてる様なもので、いくら吠えてもごまめの歯ぎしりで到底埒が明かぬと多くの人は云ふのだけれ共、実際軌道の傍に居る一人の男が、今走つて来る汽車は気に食はぬから止めてやれと思ふたら、唯一投手の労、軌道の繋ぎ目のネヂに触れゝば、よし犬には出来ない芸当でも、理智を具へた人間ならやりおほせる事が出来るといふ譬へ話である。
 左側通行や節約の宣伝、夏休みの短縮なぞの外形上の変化にクヨ/\する前に、まづ我等の文化生活が此様に密に繋がれてをり、しかも社会といふものは案外やにこいものだといふ事を会得しなければ、何事もウソだ、万事は気休めである。



底本:「日本の名随筆 別巻96 大正」作品社
   1999(平成11)年2月25日発行
底本の親本:「山本宣治全集 第五巻」汐文社
   1979(昭和54)年6月
入力:加藤恭子
校正:菅野朋子
2001年5月23日公開
2006年5月19日修正
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