秋の日往ぬる
虹の輪の空《そら》にながきをたぐりませ捲かれて往なむこの二人《ふたり》なり
戸によりてうらみ泣く夜のやつれ髪この子が秋を詩に問ふや誰
歌あらば海ゆく雨に添へたまへ山に夕虹なびくを待たむ (上総の浜辺に夏を過ぐせるまさ子の君に)
夕潮に玉藻《たまも》よる音《ね》の秋ほそしさばかりをだに命なる歌
髪ながうなびけて雲はそぞろなり入日と風と恋をいどめる
鞭拍子《むちびやうし》やうやく慣れて南国《なんごく》の牧場《まきば》の春の草に歌よき
百合牡丹|犠《にへ》の花姫なほ足らずばひじりの恋よ野うばらも枕《ま》け
しら鳩も今むつまじく肩にきぬ君西びとの歌つづけませ
さりともとおさへて胸はしづめたれ夜を疑ひの涙さびしき
思あれば秋は袖うつひと葉にも涙こぼれて夕風|黄《き》なり
いつはりの濁るなみだのかかりなばこの袖たちてまた君を見じ
秋かぜに御粧殿《みけはひどの》の小簾《をす》ゆれぬ芙蓉ぞ白き透き影にして
ゆふばえやくれなゐにほいむら山に天《あめ》の火が書く君得しわが名
ぬのぎれに瓦つつみて才《さい》はかる秤器《はかり》の緒にはのぼされにけり (以下拾弐首さることのありける時)
おとなしく母の膝よりならひ得し心ながらの歌といらへむ
鋳られてはひとつ形のひと色の埴輪《はにわ》のさまに竈《かまど》出でむか
ひとりにはあまりさびしき秋の夜と筆がさそひしまぼろしよ君
地にあらず歌にただ見るまぼろしの美くしければ恋とこそ呼べ
書よみて智慧売る子とは生れざり蛇《へび》のうすぎぬ価ある世よ
いきづけば花とかをらむ思あり人のいのちの燃ゆる胸より
相ふれては花もうなづく浪も鳴る枯木《からき》青木《あをき》も山を焼きぬる
おもひでを又はなやぎてかざらばや指さす人に歌ひ興ぜむ
歌よみて罪せられきと光ある今の世を見よ後の千とせに
師と友とわれとし読みてうなづかば足るべき集《しう》と智者《ちしや》達に言へ
あなかしこなみだのおくにひそませしいのちはつよき声にいらへぬ
[#改丁]
みをつくし
[#地から1字上げ]増田まさ子
しら梅の衣《きぬ》にかをると見しまでよ君とは云はじ春の夜の夢
恋やさだめ歌やさだめとわづらひぬおぼろごこちの春の夜の人
むつれつつ菫のいひぬ蝶のいひぬ風はねがはじ雨に幸《さち》あらむ
飛ぶ鳥かわがあこがれの或るものかひかり野にすと思ふに消えぬ
歌ひとつ君なぐさめむちからなし鬢の毛とりて風にことづてむ
母恋ふる心わすれてあこがれぬやさしおん手のひと花ゆゑに
みやこ人《びと》の集《しう》のしをりとつみつれどふさひふさふや楓《かへで》のわか葉
なさけ未《いま》だよわきはげしきさだめ分かず酔へりとのみのこの子と知りぬ
かゝる夜の歌に消ぬべき秋人《あきびと》とおもふに淡《うす》き裳《も》もふさふかな
世にそむき人にそむきて今宵また相見て泣きぬまぼろしの神
われにまた山の鐘鳴るゆふべなり雫《しづく》や多き涙や多き
似つかしと思ひしまでよ菖蒲《あやめ》きり池のみぎはを南せし人
あすこむと告げたる姉を門《かど》の戸にまちて二日《ふつか》の日も暮れにけり
髪ときて秋の清水にひたらまし燃ゆる思の身にしきるかな
うらみわびこの世に痩せし少女子のひくきしらべをあはれませ君
みふみ得しその夕より黒髪のみだれおぼえて涙ぐましき
痩せ指に小鬢《こびん》のぬけ毛からめつつさてこの秋にふさふ歌なき
人の名も仏の御名も忘れはて籠に色よき野花《のばな》つみぬる
しら梅の朝のしづくに墨すりて君にと書かば姉にくまむか
二十とせは亡き母しのぶ夢にのみ光ほのかにさすと覚えし
わりなくも琴にのぼせて恋得つと御歌《みうた》のぬしに告げば如何ならむ
つらき世のなさけいのらぬわれなれど夕となれば思あまりぬ
須磨琴《すまごと》のわかきわが師はめしひなり御胸《みむね》病むとて指の細りし
ねいき細きこのわがのどに征矢《そや》ひきて夢路かへさぬ神もいまさば
川くまのふたもと櫟《いちひ》かげみれば猶も君見ゆわれ遠ざかる
わりなくも君が御歌に秋痩せてよわき胡蝶の羽《は》もうらやみぬ
はかり得ぬ親のこころをかへりみずゆるせと君にものいひてける
わが面《おも》の母に肖《に》るよと人いへばなげし鏡のすてられぬかな
ちる花のしたにかさねてまかせたり君が扇とわが小皷《こつづみ》[#ルビの「こつづみ」は底本では「こづつみ」]と
紅梅の真垣のあるじ胸をいたみ泣くを隣りに小琴とききぬ
みなさけのあまれる歌をかきいだきわが世の夢は語らじな君
君によき水際《みぎは》や春の鳥も啼く細き柳は傘にかかりぬ
その御手にほそきかひなをゆるしませくづるる浪のはてしなくとも
京の春に桃われゆへるしばらくをよき水なが
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