摘めりともなし百合の花聖書にのせて祷りてやまむ

くちなはの口や狐のまなざしや地のうへ二尺君は寵《ちやう》の子

よわき子は天《あめ》さす指も毒に病む栄《さか》えを祝へ地なる醜草《しこぐさ》

いもうとの憂髪《うきがみ》かざる百合を見よ風にやつれし露にやつれし (晶子の君に)

垣づたひ萩のしたゆくいささ水にはぢらふ頬をばひたしぬるかな

うけられぬ人の御文《みふみ》をなげぬれば沈まず浮かず藻にからまりぬ

くちぶえに小羊《こひつじ》よびて鞭ふりて牧場《まきば》に成りし歌のふしとる

木屋街は火《ほ》かげ祇園は花のかげ小雨に暮るゝ京やはらかき

世のかぜはうす肌さむしあはれ君み袖のかげをとはにかしませ

利鎌《とがま》もて刈らるともよし君が背の小草のかずにせめてにほはむ

いろふかくゑまひこぼるるこの花よたまひし人によく似たるかな

わが舞へる扇の風に殿《との》の火を百《もゝ》の牡丹のゆらぎぬと見る

いかならむ遠きむくいかにくしみか生れて幸《さち》に折らむ指なき (以下十首人に別れ生きながらへてよめる)

地にひとり泉は涸れて花ちりてすさぶ園生に何まもる吾

虹もまた消えゆくものかわがためにこの地この空恋は残るに

君は空にさらば磯回《いそわ》の潮とならむ月に干《ひ》て往ぬ道もあるべき

待つにあらず待たぬにあらぬ夕かげに人の御車《みくるま》ただなつかしむ

今の我に世なく神なくほとけなし運命《さだめ》するどき斧ふるひ来よ

燃えて/\かすれて消えて闇に入るその夕栄《ゆふばえ》に似たらずや君

帰り来む御魂と聞かば凍る夜の千夜《ちよ》も御墓の石いだかまし

おもひ出づな恨に死なむ鞭の傷《きず》秘めよと袖の少女《をとめ》に長き

夕庭のいづこに立ちてたづぬべき葡萄つむ手に歌ありし君 (以上)

みてづからひと葉つみませこのすみれ君おもひでのなさけこもれり

花さかばふたりかざしにさして見むこのすみれぐさ色はうつらじ

あたらしくひらきましたる詩の道に君が名|讃《たゝ》へ死なむとぞ思ふ

わが手もて摘みてかざせるひと花も君に問はれて面《おも》染めにけり

いづこ踏みいかに帰らむちる花は山をうづみぬ我をめぐりぬ

誰がためにつくる花環とほほゑみて花の名をさへ問ひたまふかな

手づくりの葡萄の酒を君に強ひ都の歌を乞ひまつるかな

迎へ待つ君は来まさずわが駒に百合の花のせ綱ひく夕野

ほほゑみて火焔《ほのほ》も踏まむ矢も受けむ安きねむりの二人《ふたり》いざ見よ

それとなく紅き花みな友にゆづりそむきて泣きて忘れ草つむ (晶子の君と住の江に遊びて)

羽子《はご》よ毬よみな母君にかくされて肩上《かたあげ》あとの針目《はりめ》さびしき

くれなゐに金糸の襟の舞の子を三月《みつき》画にすと京にある君

紅筆《べにふで》にわづらひたまふ歌よりも雪の兎に目をたまへ君

見じ聞かじさてはたのまじあこがれじ秋ふく風に秋たつ虹に

きぬでまりましろきなりに春のきてかがる色糸《いろいと》みなもつれたり

たてかけし琴の緒ひくくひびきたり御袖のはしも触れじと思ふに

てずさびにつなぎし路のいと柳誰れその上をまたむすびたる

ちる花に小雨ふる日の風ぬるしこの夕暮よ琴柱《ことぢ》はづさむ

春さむし紅き蕾の枝づたひ病むうぐひすの戸にきより啼く

瞳《ひとみ》まだ栄《はえ》に酔はすな春の雲と袖もておほふ雛のうぐひす

夕顔に片頬あたへしおごりびと妬たしと星も今ちかう降れ

飢ゑていま血なきに筆もちからなし人よ魔と書く文字ををしへね

みいくさの艦《ふね》の帆づなに錨《いかり》づなに召せや千すぢの魔もからむ髪

ふる鏡霜に裂けたるこだまなし夜烏《よがらす》むせび黄泉《よみ》にや帰る

かたつぶりひさしに出でし雨ふつ日瓦にさきぬなでしこの花

たもち得ぬ才はたとへばうまざけの破《や》れし甕《かめ》にも似たるこの人

ましら羽の鳥に啣《ふく》ます花ひとつ武蔵のあなた十里におちよ (上総なる林のぶ子の君を懐ひまつりて)

髪なでて鏡ゆかしむ夜もありぬ夢にや摘まむしろ百合の花

わが袖も春のひかりの帰らじや牡丹|剪《き》らせて皷《つづみ》に添へば

雲に見る秋のうれひを葉に染めて泣くにしのぶに陰よき芭蕉

扇なす彩羽《あやは》の孔雀鳥の王おごりの塵を吹く春のかぜ

大原女《おはらめ》のものうるこゑや京の町ねむりさそひて花に雨ふる

おばしまの牡丹の花に額《ぬか》たれて春の真昼をうつつなき人

幸《さち》はいま靄《もや》にうかびぬ夢はまたしづかに降《お》りて君と会ひにけり

薔薇《ばら》もゆるなかにしら玉ひびきしてゆらぐと覚ゆわが歌の胸

せめてただ女神《めがみ》の冠《かむり》しろ百合の花のひとつと光《ひかり》そへむまで

地にわが影|空《そら》に愁の雲のかげ鳩よいづこへ
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