奴等のために献身的になる必要はないよ。あんたがここで頑張っても、はたして十人の労働者を幸福にする事が出来るかね。いや出来まい。せいぜい一人の豚に軽蔑されるのが関の山だね。あんたのようなお嬢さんは、やはり美しく着飾ってドラマを見にいくに相当している。私もその方に賛成だよ。どうだね。」
「辞令はお手許にありまして?」
槇子は、椅子から立ち上っていた。
「ジ、ジレイ? ああ辞令かね。いや、急《せ》かんでもいいよ。私の話を聴きなさい。まァ考えてもみるがいい。あんた達の望んでる社会がはたして来ると思ってるのかね?」
「必然的に……月蝕が一定の時期に出現するようにね。」
「ほう、じゃな、その社会が月蝕と同じようにくるもンなら、一切のあんた達の努力、活動は無駄じゃないかね。何のために労働者の組織をする必要があるだろう。自然的にやってくる月蝕を待つのに、総ての運動は不用だと思わんかい。これァ多分、そんな社会はやってこないということを証拠立ててやしまいかね。ハハハハ……主義者などというものは……」
「まァ、襞のない扁平な頭脳ってあるもンですわね、医学の好研究資料になるわ。月蝕って人間の意志で左右される
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