直行の汽船が三津につきます故、荷物を売り払ってでも皈ろうと存じ、岡村のあに様へ加様の次第故加様に思うていると言ってたよりを出しましたところ、あに様よりの返事には今、落ちぶれた姿で皈られては世間への手前もあり考えものである。自分にとってはたった一人の血を分けた弟であるし、そんなに困っているなら何んとかつくしたいのは山々であるが、何せ伊助も商業へ出していること故なかなか金がいるし、それに当今はゴム靴ばやりの事とて店の方もとんと売れゆきが減り、自分も永年の下駄商にみ切りをつけて靴の方へ手出しをしてみようかと思っている矢先きだから資金の調達をせねばならず、心に思うばかりにてつくせぬのはざんきの至りである、加様な有様なれば自分など頼りにせず、おかよさんのお父御にすがって何んとかして貰うてはどうだろう、とのお言葉。良人は病いの床の気短く、泣いたり怒ったりいたしますのを、傍にみていた鶴江がまわらぬ口にて、お父うちゃんお芝居のお稽古、など悦び手を叩くには良人も思わず笑ったことでございます。
思いかえせば永いことながら、伊助を岡村へおいてきてからもはや十二年、旅烏の身には何かと不自由させがちの子供をつ
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