頂くにはそれよりみちがないでしょう」
 姉は云いきかせるような口振りになった。それへ妙に反撥するようなものが紀久子の裡に頭をもたげた。
「でも、それはお姉さんの独り決めではなくって」
「いいえ、そうしたものよ。あなただっていまに分ります」
 姉の悟り切った強腰なもの云いに紀久子は少時気圧された。そのまま黙りこんだ自分が少々忌々しくもあるが年齢でものを云われては勝負にならぬ、とこっそり舌を出し、それで腹いせをした気になった。
 姉は新潟のおきえさんの話をした。おきえさんならお父様のお気にいりだし、とつい口をすべらせて少し赤くなった。そして窓の方へ眼をやりながら続けた。お父様は気難しいからわたしたちで探そうと思っても仲々適当なひとがみあたらない。おきえさんなら家との旧い馴染みだし、お父様の気心をよく呑みこんでいなさるしするから家のものにとってもこれ程結構な話はないと思う。――姉はこんな意味のことを静かに話した。姉の話は控え目で、あくまでも子として年老いた父を想う心情から発動している熱心さが感じられた。紀久子は動かされた。だが、少し経ってから、動かされたと思ったのは自分の顔だけだと気付いた。
前へ 次へ
全40ページ中5ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
矢田 津世子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング