へんだ、と思った。隣りに坐っている姉を突ついてそっと訊くと、
「どうもねえ、お父様はおきえさんの籍をいれたいらしいのよ」
 と、姉も浮かない顔である。
 酒がまわってだんだん座が乱れてきた。銚子を持ったおきえさんが慣れた手つきでひとりひとりを注いでまわった。酔いがまわったのか耳根をぽっと染めているおきえさんは初いういしくみえた。紀久子の前へきた時、
「さあ、おひとつ」とおきえさんは杯を取りあげて勧めたが、ちょっとためらって銚子を下へ置くと膳越しに上半身を紀久子の方へかたむけて、
「あの、わたし悪いところはどんどん仰言って頂きたいのですけど。わたし、紀久子さんの仰言ることでしたらどんなことでもききますわ」
 と伏眼になって云った。声が少し慄えていた。やがて徐かに眼をあげて紀久子をみたが、その眼の中に涙をみたような気がして、紀久子は意外な感じに打たれた。
「奥さん、お酌だお酌だ」
 向うの席から親戚の老人が大声で呼んだので、おきえさんは紀久子へ会釈をして立って行った。その会釈には憫れみを乞うような、愛情を求めるようなものがあった。
「余興は出ないのかね」
 ざわめきの向うで酔った誰れかが叫
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