だろうって、こんなに下さいました」
 月末に近い或夜、父から家計をまかされている紀久子が出納簿を調べているところへ飯尾さんがそわそわして入ってきた。そして帯の間へ挟んであった紙幣《さつ》を出してみせて、ちょっと拝むような手つきをしてから大切そうに四つに折りたたんで蟇口へ納いこんだ。
 母がいた頃は母がその小遣いの中からいくらかを月々飯尾さんに与えていた風だったが、もともと飯尾さんが家をたたんだ時にはかなりの纏った金を持っていたという事だったし、不自由なく食べさせておくだけで沢山だからと母は云うのだった。それで、紀久子が家のことをするようになってからは小遣いらしいものを飯尾さんへやったことがない。それには、ただ母の言葉を守っているというだけではなく、買物を頼めばその中から小銭をかすめ取る癖のある飯尾さんを紀久子は知っているので普段の小遣いに事欠く程のこともなかろう、と意地悪く見過しにしている気もちがある上に、貯金へは手を触れずに、いつも物欲しそうに人の財布をのぞきこんでいるような飯尾さんの卑しさが嫌いだったからである。
 紀久子の家ではこの五六年来、正月元旦には姉夫婦に兄、紀久子が父の居
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