「お父様はこの頃どんな?」
 紀久子が黙って苦が笑いをみせると、
「ほんとうに、早く御機嫌をなおして頂きたいものねえ」
 と、姉はちょっと真顔になった。
「御機嫌がなおらないとはたのものが迷惑してよ。福なんか、この頃叱られ通しなので気にやんで夜もおちおちやすめないらしいの」
「そういえば、あの娘顔色がわるかったわ。気が弱いから叱られると思いつめるのね。お父様も……」
 そこへ当の福がお昼のお仕度は何にいたしましょう、とききにきたので姉は言葉を切った。そして鉢の羊羹をひと切れ取って敷居へ手をついている福へ、
「おあがりな」と云ってさし出した。
 福は艶のないむくんだ顔を心もちあげて、
「ありがとう存じます」と云った。重ねた手のひらへ羊羹を受けて直ぐ俯向いてしまったが、寝不足からきた疲れた心にこの唐突の恩恵がこたえたものか、ふいに袂を顔へおしあてて泣き出した。
「さあもういいよ。いいよ。疲れすぎたせいなんだから少し横になってごらんな」
 姉は子供をあやすように福の肩を叩いた。
「失礼いたしました」と福は羊羹をのせたままの手を敷居へついてお辞儀をした。福が下がると、姉は、
「きょうはちょっ
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