母の言葉を素直に受けて紀久子が云うと、それまでやわらんでいた母の顔にキリリッと癇の走るのが分り、膝へ重ねた手が妙にそわそわしてきた。そして、何かの用事で廊下を通って行った福を母は高く顔をあげて呼び停めると、「その足袋のはきかたは何んです」と、こはぜ[#「こはぜ」に傍点]が外れて踵の赤い皮膚が少しばかりのぞいているのを指さして甲高く叱りつけた。
福は慌てて廊下へ膝をつき、こはぜをはめると「申訳ございません」と手をついて下った。
いつも静かな母をみているだけに紀久子はこの時の唐突な母の振舞いには愕かされたが、少し経つと妙にもの好きな心が動いてきて偸むように母の顔を何度も見なおした。
それからずっとのちになって姉からおきえさんのことをきかされた時に初めてあの時の母の神経が痛く胸にこたえ、母のつらさがそのままこの身に植えつけられた思いで、おきえが憎いよりはただ訳もなく迂闊なもの云いをした自分が忌々しく肚立たしかった。
紀久子がはじめておきえさんをみかけたのは、あれは女学校四年頃の何んでも春休みのことで、その朝新潟へ立つ父を見送ってから近所の花屋へ活け花をたのみに行って戻ってくると門の
前へ
次へ
全40ページ中12ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
矢田 津世子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング