込んだんだろう。お松さんかね?……今ね、鼠が……」
 スイッチを探すお松の手に、男の裸な胸が触れた。彼女は二三歩跳び退いた。
「電燈つけちゃ駄目だ。鼠が逃げてしまうからね。折角此処迄追いこんだんだ。確かこの中だな。素手で捕えてみせるよ。いいか。兼ちやん余り騒ぐもんだから逃げちゃったかしら……」
 闇の中で男の身繕《みづくろい》が際立ってザワついた。声が縺《もつ》れて慄えている。
「アーメン、来うよ。来うって……」
 白い腕が無気味に動いて男を探し求めた。
「兼! さ、行こう、来うよ。」
 お松は娘の躯《からだ》を抱えるように曳きずって行った。
「そうだ。寝た方がいいんだ。僕が余りバタバタやったもんで起き出してきたんだ。それはそうと、お松さん、今夜の伝導説教はどうだったね。集りはよかったですかね?」
 妙に嗄《しわが》れた高い声が、会堂の中からお松を追い駈けてきた。
「……はい、万事都合よく、みな様は先生の御病気を案じ申していられました……」
 鼻の先きへ熱いものが突き上ってきた。
 お松は静脈の突起した手を胸へ置いた儘、明方迄祈りを続けていた。

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 眼の鋭い、禿鷲《
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