「わしですか。何撃ちにきたか分らねえです」
「こんな天気だからな、蕈こ[#「こ」に傍点]取りにも会わねえして……。お父《ど》さん、家かい?」
 先生は手の甲で赤髭を撫でた。
「相変らずでして。寝てる間も起きてる間も、算盤玉こ[#「こ」に傍点]ばかりはじいていますて」
 仙太の父親は、油商売のほかに、高利で金を貸付けていた。
「算盤玉こ[#「こ」に傍点]もええが、お前のことにも困ったもんだな」
 仙太は藪を出て、先生のあとから道を下って行った。黒は早足で二三間さきを急いでいた。そして、時々ふりかえった。
 雲がすっかり空を覆い、いまにも雨が降りそうだった。松林が、ごうごう、音をたてていた。
「仕様ねえです。何言ったって始まらねえですよ、先生」
「昨晩《ゆうべ》な、お前のお父《ど》さんが来て大体の話は聞いたが、それあ菅原の家も無理矢理身重の高さんを引っ張って行くってのは道理に外れている! お父さんもお父さんで、約束は約束だからな、今すぐ出来ねえと断らんでも、なんとか言いようもあるもんだと思う。お前の家にとって千円位の金がなんとかならんわけでもあるまいし、おっつけ孫の顔を見ようというどたん
前へ 次へ
全31ページ中7ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
矢田 津世子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング