町の人からは相手にされなかった。相手にしてくれるのは、酔いどれ仲間ばかりである。
 綿入れの丹前《どんぶく》をひっかけた、のっぽの仙太が、ひょろひょろした足どりで町中を歩いていると、人びとは避けるようにして、足早にすぎてしまう。こんなおりのひとびとの顔には一種よそよそしいような、蔑むような、白々しい表情が掠めすぎる。それは、ちょうど人びとが、七曲りの松の木を眺め、松の近傍で憩うている在郷者を眺める時の表情に似ている。
 町の人たちの頭には、この七曲りの松の木は、いつも仙太と結びつけられて、不気味に印象されていた。
 往還をまだ幌馬車が通っていた頃のことであるから、もう、ずい分と昔のはなしになる。居眠りこけていたこの小さな町を、どよめき立たせるような出来事が起った。

 その頃、若かった仙太は、毎日の鬱した心をもてあましていた。恋女房のお高のことばかりが想われた。ふとした貸金のことから、親どうしの張り合いになって、お高は実家に連れ戻されているのであった。
 それ以来、若い仙太は、飼犬の黒をつれて、山へ行く日が続いた。
 犬は、その日も、尻尾を右巻きにして熊笹の藪に突き進んで行った。仙太は
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