あとが、眼の下から頸部へかけて、黒ずんだ溝をつくり、そこだけ皮膚がひきつっているため、ちょうど顔半分が竦んでいるようにみえたという。
 この奥さんの話から、町の人たちはとりどりに噂をひろげていった。
 疵が邪魔とは言いじょう、若い頃あれほどの縹緻よしだったお高が、今迄独り身でおかれるわけはない。囲いものさ、などと取り沙汰をするものもある。
 あぶらやの後取り息子の仙一が、茶町のお高の家から出て来るところを見かけた、というものもあって、町の噂はだんだん活気づいてくる。
 今年十九の仙一は、父親に似て背が高く、眉の初々しい若者だ。店のことから、飲んだくれの父親の世話まで万端ひとりで取りしきっている。隣家の判こ[#「こ」に傍点]屋の末娘と、どうとやら、この日頃、噂をたてられているようだけれど、これも、噂好きな町の人たちの、ほんの噂ばなしかもしれない。
[#地から1字上げ](昭和十三年十二月)



底本:「神楽坂・茶粥の記 矢田津世子作品集」講談社文芸文庫、講談社
   2002(平成14)年4月10日第1刷発行
底本の親本:「矢田津世子全集」小沢書店
   1989(平成元)年5月
初出:
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