ても丁度小タライといった恰好に出来ている器物だが、この中に白魚を游《およ》がしてある。よく身のいった、どれも三寸は越していようという立派なものだ。赤い器に白魚! 実に美しい対照だ。游いでいるやつをヒョイと摘まむんだが、もちろん箸でだ。なかなか、こいつが掴めない。用意してある柚子の搾り醤油に箸の先きのピチピチするやつをちょいとくぐらして食うんだが、その旨いことったらお話にならない。酢味噌で食っても結構だ。人によってはポチッと黒いあの目玉のところが泥臭くて叶わんというが、あの泥臭い味が乙なのだ。あの味を解さんで「白魚のおどり食い」とは不粋も甚だしい。この他、舌に記憶されているものでは、同じ広島で食った「鯛の生《いき》作り」と出雲名物の「鯉の糸作り」だ。鯛は生きのいい大鯛を一匹ごと食膳に運んでくる。眼の玉にタラリと酒を落すと、俄然鯛の総身が小波立ったように開く。壮観なものだ。生きた鯛に庖丁を入れて刺身につくってあるわけだが、鯛にはまことに気の毒でも、このくらい舌を喜ばす珍味はない。「糸作り」のほうは鯉を糸のように細長く切って、その一本一本に綺麗に鯉の卵をからみつけたものだが、恐ろしく手のこん
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