とつ云えぬお初なのだ。六つの年から母の手ひとつで育てあげられた、その恩義というのを母自身の口から喧ましくきかされてきたお初にとっては何かにつけてこの恩義が※[#「竹かんむり/冊」、第4水準2−83−34]《しがらみ》になっている。これを、つくづくと邪魔だなあ、と思う時があっても、お初には自分から取りのけるということが出来ない。そこで仕方なく我慢して、大ていのことはおっ母さんのなすがままにまかせている。しかし、夜のものの世話までされるのは、お初には何んとしても承知が出来ないのだ。子供の頃、何かの用事で大むらへおっ母さんを訪ねていくと勝手口へ出てくるお倉婆さんというのが、
「お金《きん》さん、お前さんとこのジャベコ[#「ジャベコ」に傍点]が来たよ」と奥へ声をかける。妙なことを云う婆さんだと別に気にもかけずにいたが、ある時、その訳をおっ母さんにきかされてからは婆さんを見るのが厭でならない。東北生れの婆さんは女の子をこんな風に呼び慣れているそうである。呼ばれるたびにお初は身内がむず痒いような熱っぽいいらいらした気分になる。――丁度それによく似た厭な気分をお初はおっ母さんに感じるのである。そうと
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