まうという具合である。
 爺さんに貰った幣《さつ》を帯の間へ挟んで鏡台の前を立ったお初は梯子段のところまで行って、
「おっ母さん、お茶はまだですか」と呼ばわった。その声に釣られたようにおっ母さんが茶盆へ玉子煎餅の入った鉢と茶道具をのせて上ってきた。
「どうぞ、御ゆるりと」
 敷居のところへ片手をついてこう辞儀をすると梯子段の降り口の唐紙をぴたりと閉めて下った。
 おっ母さんの物腰には大むらの仲居をしていた頃の仕来りがぬけない。お初たちが茶のみ話をしているうちに、よく隣りの間へ夜のものをのべることがある。それをお初がむきになって停めたりすれば、解《げ》せない顔付きで「どうせ、遊んでいるんだのに……」と云うて、手持ち無沙汰げに渋々と下っていく。母のそつ[#「そつ」に傍点]のなさをみせられるたびにお初は自分を恥じて顔を赧める。おっ母さんは自分を何んだと思っているのだろう。――恥じの中でこんな肚立たしい気もちにもなる。母のとり扱いをみていると自分は全で安待合へ招ばれたみずてん[#「みずてん」に傍点]芸者という按配である。お初には母のそつのなさがどうにも我慢がならない。そのくせ面と向っては愚痴ひ
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