。とりあえず、客間の金庫の前へ種をつれていっておっ母さんが触ったという錠前のところを眼鏡をかけて検べてみたが何んともなかった。尤も、種の告げ口というのが、いく分事実に衣を着せる傾きがあって、こんどもおっ母さんはもの珍らしさから、ただ手のひらで金庫のすべっこい肌を撫でてみただけなのである。
 お初は、おっ母さんに口喧ましく云われるのがうるささに、今ではどうせのことに一日も早く馬淵の内儀さんになってしまいたい気もちに駆られている。これを爺さんに切り出すきっかけを待っているのだが、仲々その折りがない。相変らず爺さんは夕飯をすませてから出かけてきて十一時が打つと帰っていってしまう。爺さんがいつまでものんべんだらりとしていて話をはこぼうとはしないので、お初は階下《した》で気をもんでいるおっ母さんの姿に急かれるような気がしていらいらしてくる。そのくせ、爺さんの顔をみていると妙に言い出せない。こんな日がくりかえされて、おっ母さんの気嫌が悪くなる。
「何んて口下手な娘だろう」
 と、愛想をつかして「その内、爺さんがどっかから内儀さんに向きなのを探してくるこったろうよ」
 などと厭味を云うのである。

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