そんなにお爺ちゃんのことが気になるならおっ母さんがお内儀さんになればいいじゃないの」
 こう云ってお初は耳根を真っ赤にして、袂を絞りながら二階へ駆け上っていく。
「まあ、何んてことをいうの。この娘《こ》は……」
 おっ母さんは銅壺の廻りを拭き止めて、呆れたように梯子段を見あげている。やがく俯向いて銅壺のあたりをゆるゆると拭いていたが、人差指に巻きつけていた浅黄の茶布巾を猫板の上へおいて、襦袢の袖口をひき出して徐かに眼を拭いた。
 お初ひとりを楽しみにこれまで苦労をしのんできたおっ母さんには、これからの好い目[#「好い目」に傍点]」が当然のことのように思われているのに、お初は一向にこの心を汲まずおっ母さんの仕合せなぞどうでもいい、と思うている。女親の手ひとつで育てあげられたその恩を、あの娘は全で古元結か何んぞのように捨てている。――おっ母さんにはお初の今の言い草が恨めしくてならない。赤い眼をあげて梯子段を眺めては、また袖口をあてて泣いている。
 亡くなった内儀さんの百ヶ日がきた。
 朝、爺さんは袋町へ寄って墓詣りにお初をもつれ出した。郷里にある本家の墓の世話になるのを嫌って、爺さんはこん
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