で様子をきかせてみよう、と母娘のものが話しているところへ、
「ごめんよ」
 と三和土を入ってくる爺さんの下駄の音である。さきになってとっとと二階へ上って、
「どうもねえ、うちの内儀さんもいよいよ駄目だよ。ゆうべっから、もう、ろくすっぽ口もきけない仕末だ」
 と、腕ぐみをしたまま暗い顔で考えこんでいる。お初が何か問うても「うん」とか、「いや」とか頷くだけで、そんなちょっとの間も心は内儀さんへ奪われているという様子である。
「ひとつ、元気をつけて下さいましよ」
 おっ母さんがお銚子を持って上ってきた。
「そうだなあ」
 と爺さんは苦が笑いをして猪口をうけている。そこへ、店で誰れかが呼んでいるようなのでおっ母さんが降りていってみると、種が息を切らしながら立っていて、
「旦那様にすぐお帰りなさるよう云って下さい!」
 と、突っかかるような調子で云った。

     五

 馬淵の内儀さんが亡くなってからふた七日が過ぎている。
 この頃、爺さんは袋町へも行かないで、終日家にこもってお位牌のお守《も》りをしていることが多い。花の水をかえたり、線香の断えないように気を配ったり、内儀さんの好物だった豆
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