餅を自分から買うてきてお位牌へ供えたりする。夜分もお位牌が寂しかろうとその前へ種と並んでやすんでいる。内儀さんが亡くなる前まで着ていたとんぼ絣の湯帷子が、壁のところのえもん竹にかけてある。爺さんのやすんでいるところからそれがまっすぐに眺められる。爺さんには、そこに内儀さんがつつましやかに立っていて何やら話しかけているような気がしてくる。内儀さんの声は低く徐かで、何か意味のとれぬ愚痴のようなことを云うている。爺さんはそれをききながら「ああ、いいよいいよ」と胸の内で慰めている。「お前さんもなあ、不憫な人だったさ。新らしい着物一枚着るじゃあなしよ」爺さんはこう話しかけてほろりとする。欲しいと云うていた紋付羽織もとうとう買うてやらなかった。箪笥の底に納いこんであった双子の袷も質流れを格安に手にいれたもので、三十何年の間つれ添うて内儀さんに奢ってやった目ぼしいものといえばまあこの袷ぐらいなもの。これに較べてお初は欲しいというものは何んでも身につけている。――爺さんは亡くなった内儀さんが不憫でしようがない。それにひきかえ、「贅沢三昧」のお初が妙に忌々しかった。
爺さんが袋町へ無沙汰がちになってい
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