まわすとそれを手綱にしぼって一本にひきのばしたのをはすかいに背中へ渡して銭湯の流し場にでもいる時のように歯の間からしいしいと云いながら擦っている。
「お内儀さんがねえ、まあ、そんなにお悪いんですか」
隣りの箪笥から糊のついた湯帷子を出してきたおっ母さんはいつまでも裸でいる爺さんの背中へそれを着せかけた。
「何んしろ永いからなあ。随分弱っているのさ。倉地さんの診察《みたて》じゃあこの冬までは保つまい、って話だ」
「それあ、旦那も御心配なこってすねえ」
おっ母さんは爺さんの脱ぎすてた結城の単衣をたたみ止めて、いかにも気の毒そうな面をあげた。けれど、その表情には何んとなく今の言葉とはちぐはぐな、とりつくろった感じがある。
茶卓の前へ胡坐で寛いだ爺さんをみて、
「旦那、お夕飯は?」と、おっ母さんがきいた。
爺さんは大がい家で飯をすますことにしている。すんでいないといえば小鉢もののようなつきだし[#「つきだし」に傍点]でさえ仕出し屋から取りつけているここの家では月末にそれだけを別口のつけ[#「つけ」に傍点]にして請求してくる。目ざしに茶漬で結構間にあうところを何も刺し身で馬鹿肥りをするに
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