もあたるまい、と爺さんは独りで勝手な理窟をつけて、その実はつけ[#「つけ」に傍点]の嵩んでくるのが怖さにめったに妾宅では御膳を食べることをしない。
「いや、茶の熱いやつを貰いましょう」
「はいね」
と気軽にうけておっ母さんが梯子段を降りかけたところへお初のらしい小刻みな日和の音が店の三和土へ入ってきた。
「お帰りかい。旦那がお待ちなんだよ」
それだけを地声で云うて、あとは梯子段の下でおっ母さんが何やら内証話をきかせているらしい。「まあ」だの「そうお」だのと声を殺したお初の合槌が二階まできこえてくる。やがて、湯道具の入った小籠を左手に抱え、右手に円い金魚鉢を持ったお初が、
「あら、父うさん、しばらく」
と、のぼりきらないうちから声をかけてきた。
「莫迦にゆっくりだったじゃあないか」
腕をまくりあげて爺さんは鷹揚に団扇を使っている。
「いえね、お湯《ぶ》は疾っくにすんだのですけど、丁度おもてを金魚屋が通ったものですからぐずぐずしてしまって。どお、父うさん、奇麗でしょう」
お初は立ったなり金魚鉢を爺さんの眼の高さにつるした。
「つまらんものを買うてきて。無駄づかいをしちゃあいかんぜ
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