います」と小さい看板を出した。それまで仕立物の賃仕事で暮しむきの不如意を補うていた内儀さんもこの頃になってやっとひと息ついたところであった。それだからといって手を休めて安閑と遊んでいた訳ではない。却って内儀さんの手は前よりも稼ぎ出したのである。ただ、そこには金に追われていたこれまでの苦労に代って、こんどは金を追いかける心愉しさが手伝っているので、これが内儀さんの気を安くしていた。猪之さんには内儀さんのこんな稼ぎっぷりが意に叶っている。石女なのが珠に瑕だが、稼ぎっぷりといい、暮しの仕末ぶりといい、こんな女房は滅多にいるものじゃあない。諺にも、「賢妻は家の鍵なり」というが、どうして、うちの内儀さんときては大切な金庫《かなぐら》のかけがえのない錠前だわい、と猪之さんには内儀さんを誇りにする気もちがある。これが内儀さんにもうすら分っていて、御亭主の信用を地に堕すまいとする気から余計に賃仕事の稼ぎ高をあげようと努める風がみえる。纏った金を持って上京してからは、猪之さんも亦渡仙のように抵当流れで儲け初めた。抵当ものは土地を主としてその鑑定のかけひきは渡仙の手を用いる。彼処が悪い、此処が気にいらぬ、
前へ
次へ
全42ページ中19ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
矢田 津世子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング