と文句をつけて、先方が評価をぐっとひき下げても、なお意に叶うまでぐずぐずと苦情を云う。この土地の鑑定に猪之さんはよく出張した。北海道や九州辺りへも行くことがある。最初からもの[#「もの」に傍点]にならぬ、と決めてかかっている抵当物でも鑑定だけは是非ひきうけるという風である。これには猪之さん独特の手があるからだ。二等の汽車を三等に、それに滞在費を加えると相当の旅費が手に入る。先方へつくと何分不案内な土地でしてな、と迎いの人に案内をさせ、あわよくばその案内人の家へ泊りこんだりして宿賃を浮かせる算段をする。汽車旅をする人たちはどういうものか気が大まかになって新聞や雑誌の類を読み捨てにしていくことがある。猪之さんはこれを勿体ながって、足元に転っているサイダアや正宗の空瓶と一緒に信玄袋へおしこんで土産に持って帰るのを慣しとしている。普段もこんな調子で、爪楊枝一本無駄にはしない。使い古してささくれたのは削ってまた共衿の縫目へ差しておく。一枚の紙も使いようだというて、字を書いて洟をかんで、それを火鉢で乾してから不浄へ用いる。こんな仕来りが老いるにつれて嵩じてくる。そして、人はよく爺さんの家に女中のい
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