らというもの急に馬淵の家では目立ってきた。客の応対から賄の世話、時には爺さんの算盤の手伝いまでするという風である。内儀さんからみっちりお針を仕こまれているので今では一人前の仕事が出来る。裏の後家さんから内儀さん同様賃仕事を分けてもらっては暇ある毎に精を出している。糸屑一本無駄にはせぬその仕末ぶりが大そう爺さんの気にいっている。内儀さんが生前目をかけていたのも尤もなことだと思う。爺さんには種がだんだん意に叶ってくる。
四十九日があけると爺さんは袋町へ行った。二、三日遠のいていると、もう魚辰の若いもん[#「もん」に傍点]が言伝てを頼まれてくる。そのうちおっ母さんが何やかやと用事にかこつけては馬淵の家を訪ねてくる。爺さんは内々これを快としていない。どうもおっ母さんのやってくるのは魂胆があってのことで、それがこんどは見えすいているようである。爺さんがひと晩泊りの出張で留守をしている時など、主人顔で上りこんで、金庫をいじくったり、箪笥の中をのぞきこんだりして、「へえ、お形見がこないと思ったら空っぽなんだものねえ」と下唇を突き出して厭味な笑いようをしたという。爺さんは種からそれを聞いて肚を立てた。とりあえず、客間の金庫の前へ種をつれていっておっ母さんが触ったという錠前のところを眼鏡をかけて検べてみたが何んともなかった。尤も、種の告げ口というのが、いく分事実に衣を着せる傾きがあって、こんどもおっ母さんはもの珍らしさから、ただ手のひらで金庫のすべっこい肌を撫でてみただけなのである。
お初は、おっ母さんに口喧ましく云われるのがうるささに、今ではどうせのことに一日も早く馬淵の内儀さんになってしまいたい気もちに駆られている。これを爺さんに切り出すきっかけを待っているのだが、仲々その折りがない。相変らず爺さんは夕飯をすませてから出かけてきて十一時が打つと帰っていってしまう。爺さんがいつまでものんべんだらりとしていて話をはこぼうとはしないので、お初は階下《した》で気をもんでいるおっ母さんの姿に急かれるような気がしていらいらしてくる。そのくせ、爺さんの顔をみていると妙に言い出せない。こんな日がくりかえされて、おっ母さんの気嫌が悪くなる。
「何んて口下手な娘だろう」
と、愛想をつかして「その内、爺さんがどっかから内儀さんに向きなのを探してくるこったろうよ」
などと厭味を云うのである。
「
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