は何んと視て、笑ったのだろう。これまで、良人の情事を慶太郎へだけはひた秘《かく》しに秘してきただけに、夫人は今をとりかえしのつかぬことに思い、それを見せたのが自分の所為《せい》のように愧入った。ふと、夫人は、息子の眼を防ぎ止めることに躍起になっている自分が、実は、それにかずけて良人を護っているのではなかろうか、と疑う。永い間、良人の情事を自分の落ち度にして、人の眼を怖れ憚かってきた夫人には、今では、良人を背に庇うことがひとつの仕癖になっている。良人に愛情をもっているからというよりは、そうすることが妻のつとめだと信じている。子供の頃に、放蕩の父を扱う母の態度を見覚えているので、それを習おうとする心が、いつか、自分をその頃の母に仕立てあげている。けれど、その心を良しとし、それに準じたつもりの自分が、時に、お面でもかぶっているようなよそよそしさで眺められてくる。そして、因襲に馴された自分の、これが仮装の一生か、と夫人は暗い思いに閉されるのだった。

     二

 おしもが唐沢氏の寵をうけていたということは、老夫人の伊予子にとっては全く思い設けぬことであった。これまで唐沢氏の関りをつけてき
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