見えず、自動車へ片足をかけた唐沢氏が屈みこむような恰好でおしもを引き寄せ、冗談を云いかけているらしい。袂を口へあてておしもがうしろ向きになって笑いこけると、唐沢氏は眉の開いた悪戯っぽい顔つきで、おしもの臀のあたりをステッキで突っついた。咄嗟に、「ああ、おしもだったのか」と夫人は意外な感じに打たれたが、それで、若やいだ良人のこの頃が読めたような気がした。
「まあ、お父さまは……」
何気ないふりで云いながら、ふと、慶太郎の視線を防ぎ止めたい衝動から、夫人は窓を隠すようにして立った。その肩ごしに、慶太郎はなおも物好きな眼つきで外を視ていたが、
「親父も相当なもんだ」
独り言に云ってはっはっと明るい笑声をたてた。
その慶太郎を夫人は扱いかねたように、少時、呆んやりと眺めたままである。羞恥から眼を外すか、躍起になって憤慨するか、このふたつの慶太郎しかこなかった夫人には、今の笑声が思いがけぬことだった。見せたくないものを見せてしまった。そんな気がしきりにする。自分の心の動揺よりも先きにきたのは、それを視ている慶太郎の眼だった。その眼を何処かへ押し隠したい心でうろうろした。あのような父を慶太郎
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